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2007年12月8日

U子の場合

    誕生日に連れて行ってもらうつもりだったのが江ノ島だった。
ところが今年は誕生日が来なかった。わたしは二月二十九日生まれだから、オリンピックの年しか誕生日がない。
そう言うとみんな笑うけれど、本当にないのだ。前日とか、翌日に祝うなんて気のきいたことうちではしない。貧乏だから。
今年はうるう年だと思い込んでいたら違っていた。一年はやかったらしい。
カレンダーをじっと見ていたらそのことに急に気づいてしまった。
おかげで江ノ島行きをせがむ口実がなくなった。これだからいやだ、貧乏な家庭は。


今夜遅くうちのロボットが撃たれて帰って来た。
(さいきんこういう事件って多い)
ママは憤慨してお友達と長電話をはじめたけれど、わたしはロボットには悪いけど、これはチャンスだぞ!とこっそり思っていた。
そして部屋から出てこないほうのお姉さんに頼んで、撃たれた腹にパノラマをつくってもらった。
(部屋から出てくるほうのお姉さんは不器用だから頼めない)
ロボットの腹にあいた穴を覗くと、百八十度立体的な江ノ島の景色が見られるのだ。


お姉さんは江ノ島に行ったことがある。
だからたくさん写真をもっていて、いつも少しだけ見せてくれる。
アルバムをまず自分だけ覗いて「これは見せてもいい写真」と言ってから開く。
見せてはいけない写真、にはどんなことが写っているのだろう。
そう思うとドキドキしながらわたしは写真を見た。


ロボットのお腹にひろがる江ノ島は、はじめて見る景色だった。
いつもの江ノ島が絵はがきなら、これは映画の一場面みたいだ。
なんだろうあれは。あの遠くにぽつんと浮かんでいるもの。
わたしがそう言って指さしても、お姉さんには見えていない。
「どれのことかな。船じゃないの? 鯨? サーファー?」
ちがうちがう。浮いてるのは海じゃないんだよ。
あの展望台よりずっと高いところに浮かんでる目玉のようなもの。
むこうから同じ景色を覗き込んでいるような、雲のすきまでまばたきをくりかえしているように見える、あれは何。


「なあんだ。それなら目玉なんかじゃないよ」
お姉さんはわたしの頭にやさしく手をのせて言った。
「ロボットの魂。見たことなかったの?」


わたしはそのときはじめて知ったのだ。
機械にも魂があるのだということを。

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現場

 その男は顔半分が遊園地だった。
「入場料はいくら?」
と訊ねると
「まだ工事中なんですよ」
 そう云って男は指の先まで真っ赤になった。

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続いてない廃墟ブック

 監視カメラに悪態をつく寄り目の乞食を、週末のパーティーで特別上映する貴婦人とその愛猿フィッシュ・ボーボー。わざわざ貧民街に家を建てたのは 不幸な人間生活の鑑賞と、自警を口実にした合法的な殺戮が目的だった。フィッシュのむきだした歯が嘲笑のような表情をつくる。貴婦人の引き締まった尻にし がみついて勃起するオス猿。画面では女乞食が垢まみれの下半身をはだけて放尿している。いばりの先端が邸宅の石垣にふれた途端、頓狂な警報音とともに巨大 なロボット・アームが降ってきて女乞食を拉致。暴れる女はちょうど檻のように閉じられたアームの中で垢と尿にまみれた下半身をばたつかせ抵抗する。だが容 赦のない機械は女を塀の内側へ有無を言わさず運搬。カメラは女と檻を追って塀の中へ。たとえ犯罪者でも敷地に招待された人間は清潔であることが求められる ため二つの小型ロボット・アームがホースを握って檻へ突き刺さる。洗剤を含むジェット水流が噴射し女は左右から押し寄せる水圧に棒立ち、そこへ頭上から精 密作業用ロボット・アームが降臨し腐った象の皮膚のような衣服を奪うと裸の女は泡にまみれようやく本来の肌の色を取り戻しかけた。垢を取り除かれた体に急 に羞恥心が芽生えたのか女乞食はしきりと下腹部を隠したがり指の短い手で陰毛のあたりをぎこちなく押さえもう片腕がとりあえず乳を先端だけでも隠そうと貧 しい胸をさぐり水流の止んだ檻の中で水滴をしたたらせる女乞食はおびえた顔を見せている。愛猿フィッシュの奇声。画面ではさらに凄惨な出来事が始まろうと している。この先の古臭い猟奇趣味に目を逸らさずにいられる人物はこの場では、貴婦人のほかにはミイラ伯爵だけだった。
「世界は この血生臭いシーンを、二百インチモニタの中へ追放した。惨劇は何度でも繰り返す。巻き戻され、この時間の幅から外にはみ出すことがない。これは現在に繋 がらないもうひとつの(自立した)過去なのだ」ひからびた唇をわずかに震わせて伯爵は語る。誰の頭にも届かないその声、ミイラが喋る? そんな馬鹿げた話 を信じる者はいない。もし声が聞こえたならそれはきっと空耳だ。自分の頭を疑う必要に迫られる。だから初めから何も聞かなかったことにしておく、それが上 流社会の利口なやり方だった。フィッシュのむき出した歯が示す苛立ち。しだいにそれは人々の間にも広がった。貴婦人は上映するビデオの交換を下男に命じ た。白衣の上下に金色のかつらをかぶった男がうやうやしくビデオ・デッキに近づいてテープを取り出す。
「もう陰気な記録映画なんてうんざり。今夜は踊りたくなるほど楽しいフィクションが必要だわ」客の一人、代議士夫人のガラガラ声が飛ぶ。暗くなったモニタ画面に、熱帯の昆虫並みに毒々しく着飾った酔いどれたちの姿がずらりと浮かび上がる。

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廃墟ブック

「最低の町だろう、住人が認めるんだから遠慮はいらん。最悪だ。まるで自分が死骸に産み落とされた卵みたいに思えてくる。ところで探偵さんは、蝿は 好きか? この町は蝿が多い。喰いかけのフライドチキンでも放置すればすぐに繁殖する。金色のや灰色のが、はちきれそうな腹を光らせて太陽の下を飛び回っ てる。きれいだ。目が回りそうだ。それで仕事の話だが」
 窓のない部屋で和服の男がまくしたてた。金属的な声。訛りの強い日本語。部屋の調度も気の触れたような日本趣味で不自然だった。だが男はきわめて居心地よさそうな構えで、座布団に片膝を立て探偵に笑いかけた。
「本当は今日の天候から始まって、儂の身の上話までゆっくり辿り着きたいが忙しいんでね、そうもいかない。君もこんな土地に長居は無用だろう、早速仕事の話を」
 おい、と隣室に呼びかけて禿頭を中に入れた。大男は壁際にしつらえたビデオ・プロジェクターに光を灯した。現れた映像はすでに当該箇所を呼び出してあるらしく、奇妙に頭の切れた印象から始まった。
  喧噪と光線が撮影者の足元をふらつかせるのか、それとも酩酊者の呂律に合わせたような音楽に体を奪われたのか、フレームはしきりにぐらついた。全裸の男 が、ネジや結線をガジェット風に描かれたペニスを振り回している。馬鹿笑いがかぶさり、画面の外から子供が二人、胸ぐらをつかみあいながら転がり込む。だ が二人とも顔は老人だった。口汚く罵り合う頭が画面から消え、カメラの下から伸び上がったオカマがかつらを取っておどけていると小さくパン、と銃声が響 く。画面にいる何人かが振り返り、少し高い位置にいたピントのあっていない人影が人形のように倒れた。拍手がまばらに聞こえたがすぐに止む。そのあいだ全 裸男のとなりで中年女がずり上がったブラジャーから乳房を取り出したりしまったりを繰り返す。中年女はアイラインの残骸を頬に垂らしている。染みの目立つ 肌に赤味の強い乳首が突き出し、何か大きく口を開いて喋るが聞き取れない。アドバルーンみたいな肥満体の青年が女に抱きついてキスをした。青年の尻に的が 描かれ矢が何本か刺さっている。吹き矢吹きの少女たちが青年を追う。新しい矢が刺さると青年は悲鳴を上げ、肉に隠れ半立ちのペニスから洗濯糊のように射精 する。馬鹿笑いする中年女の口。
「儂の妻だ」
 一時停止させた画面を指さして男が言った。「別れて九年になる。もっとも、二年の別居期間中まったく顔を合わせていないから、十一年間彼女には会っていない。ぜひ会わせてほしい、それが依頼だ」
 男は目に涙を浮かべ、画面を直視するのも耐え難いかのように、探偵に体を向けたままだった。
「これは三年ほど前に撮影された映像だと思う。儂の知る限り、ここに映っている人間で今も生きている奴は一人もいない。じゃあ妻は? 生きていると思う。儂はぜひそうであってほしいと願う。それだけじゃない、妻だけが生き延びていると期待する根拠は」
 男の指がふたたび画面をさした。
「妻 は優秀な二重スパイだった。儂は組織から見捨てられた身だが、妻は違う。あの乱痴気騒ぎは幹部のほかは上位三パーセントの成績を残した人間のみ参加を許さ れる。そして妻は、組織へ送り届ける収穫物にひそかに毒を盛り、あの食えない怪物に栄養と毒素を同時に運ぶ有能な働き蟻を演じ続けた名女優だ。……しかし 奴等の勘も馬鹿にならなかった。しだいに妻の素性に疑いを向け出したらしい。儂は蔭ながら彼女を支援した。彼女が政府筋の情報屋を偽装暗殺したとき、儂は 死体の調達から監察への根回しまで請け負った。その間一度も妻に会うこともなく。だが裏をかかれたのさ、情報屋は本当に殺されていたよ。妻の立場は危うく なった。儂も政府と組織、どちらとも距離を置く必要が出てきた。結果、情報は途絶え連絡手段も失った。組織の粛清は苛烈だ。優秀なスパイは、時とともに自 然と二重スパイ化するものだ。組織は最も信頼してきたはずの十数名をひそかに手放した。その年に最も酷い死に方をした自殺者や事故死者、殺人事件被害者の 中に彼らの名前はある。幸いなことに、妻の年恰好に見合う身元不明遺体は発見されていないのだ」
 ため息に変わる語尾を残して、男は黙り込んだ。
「…… 儂は少し喋りすぎたようだね、探偵さん。言うまでもないことだが、必要な情報だけを持ち歩いてくれ。そしてすべてが終わったらすみやかに捨てるように。そ れが君のためでもある。儂は明日はもうここにはいない。しばらく連絡が途絶えると思うが……こちらから接触するまで、何しろ妻のことをよろしく頼むよ」

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電話

 テレビでアナウンサーが中国語で喋っている。砂浜に埋められていた死体の身元が判明したという。私は中国語がわからないがその部分だけははっきりと聞き 取れた。掘り出された遺体の映像が五分間くらい無音のまま流されている。トイレからもどってきたらまだ流れていた。いくら見せつけられても私が自ら罪を白 状することはありえない。電話が鳴って切れた。鳴ってまた切れる。鳴る。切れる。鳴る。切れる。チャンネルを替えると死体が今度はインタビューに答えてい た。だがなぜ中国語なのだろう? 埋めた男はもっと若い日本人だったのに。電話が鳴る。鳴り続ける。

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齋藤くん

 齋藤くん、きみがくだものだったらよかったのに。きみがくだものなら私はよろこんで皮をむくよ、このナイフで。きみの頭をかかえこんでするする と、ナイフの下をすべらせていくと、太陽のひかりが透けるほどうすく剥けた齋藤くんの皮が私のひざのうえに包帯のように垂れてとぐろをまいてゆくよ。
  私は、こんなに白いスカートをはいているから、齋藤くんの皮のうらがわの、薄いピンク色がひざのうえできっとリボンのように引き立つはず。私は、きみへの プレゼントになったような気分を味わうよ。きみがくだもので、くだものが大好きな私はきみをナイフで剥いていく。すると君を剥いている私が大好きなきみへ のプレゼントにだんだんなっていく。なんて完結して、出口のないきれいなしくみなんでしょう。私はくだものが本当に大好き。たとえどんなくだものであって も。酸っぱくても、苦くても、かまわない。
 だけどきみはくだものなんかじゃない。だから私は齋藤くんのことが本当はだいきらい。私がきみにしてあげられるのは、もしきみがくだものだったら…と心の中で想像してあげることだけです。

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ガールフレンド爆破

 スクールバスから降りてきたのは全員頭部が火の玉になった生徒たちで、あたりの気温がそのせいでにわかに上昇する。窓から覗き込むとバスの天井が煤 けて黒い。頭が火の玉になった子供は顔の見分けがつかないので、迎えに来た親たちは着ている服で我が子を判断する。だが学校では今生徒どうしで服の交換が 流行っていたし、ぼんやりした子の親はたいていぼんやりしている事情もある。だから誤ってよその子を連れ帰るケースが続出。夜もふけてからこっそり正しい 組み合わせに戻しあう親たち。
 私はガールフレンドを爆破しに出かけた。家を出ると断崖のように階段がそびえ立ち、これを登りき らなければどこへも行けない。半分くらい登ったところで遠くに海が見えた。座礁した船の船員が海鳥に襲われながら手を振っている。私は手を振りかえした が、彼らからこちらが見えているかは分からない。なぜなら私は、階段の色とよく似た色のシャツを着ていたのと、海鳥の攻撃はまっさきに人間の目を狙うから だ。
 だが今はガールフレンドの爆破についてのみ考えるべきであろう。階段はなお尽きなかった。ガールフレンドは昏々と眠っている。目を覚ます前に爆破するのだ。粉々に。

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顔と話す

 窓から人の顔が覗いた。ここは十一階なので普通ならありえない。けれど顔は窓枠の中を動かず、目玉がぐるり部屋を見わたす途中にぼくと目が合った。何し てるのだ。そう訊ねたのはぼくではない。何って、新聞を読んでいる。すると顔はしたり顔でうなずき、訃報欄を見ただろうと云う。いやまだだ、とぼくが答え ると、じゃあすぐに読めと云った。わかった、とは答えたが釈然としない。今日の訃報欄はがらんとしている。聞いたことのない陶芸家の死を読んでいると、そ れが俺だ、と顔が云う。そうか、とぼくは答えた。じゃあ行くぞ、と云い置いて、顔は窓を離れた。ぼくは紙面に目を戻した。巨人戦の視聴率が、過去最低を記 録したという。

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箱詰式detective

 探偵は金色の顔を、箱の蓋をずらした隙間から半分のぞかせた。探偵はつねに箱詰めされている。そして組み立てられることがない。だから探偵の金色の顔は、机上から未だ離れ離れの手足や胴の詰まった段ボール(未開封)のちらばる床を、眺めるたびやや青ざめて見えた。
  助手は? 働き者であるはずの助手もまた、未開封の箱で雑然と積まれている。こちらはまだ醒める気配すらない。荷解きの済まぬ事務所に足を踏み入れた依頼 者は、探偵史上に類を見ない<組立式探偵>の推理術の恐怖に触れる機会をみすみす逃し「住所あってるよねえ?」などとつぶやきながらまた出て行く。薄暗い 巷へ。引き止めろ、黄金探偵。

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山際君

 プールに水をためているあいだどうしてたかというと、読書です。図書館で本を読んでいたのです。夏休みのプール係だった私は同じく係の山際くん と、図書館へいった。冷房があまり効いていないのは、エネルギーを、節約するためなのです。私は雑誌コーナーで「歌劇」を読みます。山際くんは、気がつく といなくなっていた。
 私は「歌劇」をラックに戻して階段をのぼっていく。二階の閲覧室に山際くんはいて、がらんと空いた室内で わざわざ日のあたる窓際にぽつんとすわっています。私は、そっと近づいて、うしろから肩に手を置きました。山際くんはびくっとからだを反らせると、あわて て本のページをとじた。
「山際くん変! いやらしい本かくすみたい!」
 真っ赤になった山際くんは言い訳するみたいに本を私にさしだすと
「感動するよ。きみも読むといい。じゃ!」
 走ってその場から消えてしまいました。
 何なの山際くん。
 私の手の上に残ったのは、ヒトラーという男の人の伝記でした。
 なんでわたしがこんなの読むの。ヒゲがちょっと校長先生に似ていた。

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ワーム

 迷路はひろがり続けた。一国の領土をこえて拡大した迷路は他国のそれとつながり、国を飲み込んで巨大化しながらやがて大地を覆い尽くす。さらに海 底を這いずるようにひろがったすえ地表を征服したのちは地底を掘り進め、虫が林檎を食い荒らすように惑星の内側深くまでが残らず迷路に蝕まれた。
 今この一個の迷路はあらたなフロンティアを求めてうずうずしている。間近をかすめる彗星などあればたちまち餌食となるだろう。

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ひまわり

仕事もないのにこんないい天気だ。
いい天気だからって、どこに出かけるにも金はいるのだ。
たとえ金はいらなくても気力が少しいる。
金がないので気力が出ない私は、このいい天気を、カーテンで半分隠れた網戸の窓越しに寝たまま見あげる。
ひこうき雲が使用後の傘カバーみたいによれていくのを。
やがてとなりの家のアンテナの先っぽにひっかかるのを。
誰かがテレビを見てたら、ものすごい障害が発生してるだろうに。
留守で残念。
臨時ニュースの数々で、番組は付箋のびっしりついた本みたいになってるのに。

うちのテレビは何も起きなかった。
うちのテレビは選挙の話でもちきりだ。
ゆうべ誰か(顔も知らない。窓をノックした手だけ見えた)に選挙権を五千円(それでガス代を払った)で売ってしまったから私は選挙に行けない。
私の選挙権で投票に行く人は誰に入れるのだろう。
かんがえただけで頭は蝉の声でいっぱいだ。
本当は知ってるがここでは言わない。
あわてて買い戻して庭に埋めてひまわりの種を植えなきゃ、ならなくなるので。
もう遅すぎるのに。九月にひまわりだなんて。

ひまわりのかわりに見張りに立ってくれる人を、雇う金なんてないよ。

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円盤からアジビラ

 きみがいつもより正気なのは黒いカプセルのせいじゃなく、きみが正気に見えるくらいぼくの頭にアジビラが降るからだ。
  つくりかたを知らないぼくらが黒いカプセルを買うために、あんなイヤなこと、そんなツライことをしてまでこの世で金を稼ぐよ。きみがスナイパーに雇われて ぼくの心臓に狙いをつけても、札束がきみのポケットにねじこまれるのを見届けるまでぼくは身じろぎもせず待つだろう。それどころかシャツの胸にあわててサ インペンでへたな標的を書きなぐるだろう。
 黒いカプセルをまぶたに載せると世界は、ぼくら以外のすべての携帯電話が話中になる。すべてのラブホテルの表示が満室になる。すべての袋とじページが乱丁になる。
 すべての預金口座に一億円が振り込まれるだろう。ぼくら以外のね。

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黄色い線の内側

 駅だと思って切符を買ったのに、くぐり抜けたのは改札ではなくモーニングの右袖だった。
 ぼくは呼ばれてもいないパーティーの受付で足止めを食らい、目当ての電車に乗り遅れる。ローストビーフを切り分ける男の脇の下を回送列車が通過した。

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ピクニック帰り

 まがりくねった道を川沿いに下ってきた。太陽が水しぶきを跳ねあげて何度も川面に身を投げる。そのたびぼくは目覚めて自分が道の途中にいるのを気づく。
「家族が出払ってしまった家の寝室で、目覚まし時計のベルが誰にも止められない」
 というのがぼくが呼び戻される理由だった。靴の中でぼくの足は豆だらけだった。
 蜂蜜を塗った食パンをたっぷり余らせたので、リュックは行きと変らぬ重さだ。まがりくねった道をまっすぐにショート・カットして風が吹き上げてくる。風には機械油の匂いが混じる。町からここはそんなに遠くない。
 道は川に沿うだけでなく、川をまたいだり、川に踏まれたり、複雑に両者は絡まりあって進んでいる。川は落ちるように軽快に斜面をすべり、道はひきずるようにゆっくり斜面を這う。どちらも行き先は一緒で、めだかでも木の葉でもないぼくはひたすら道を行くのだ。
 川は工場の敷地に入るとたちまち廃水で濁り、刺激的な匂いの泡を立てはじめる。
 ぼくは道とともに正門をくぐった。むこうから部品が流れてきたのであわてて飛びのいて、雑草と石ころの上で通過を待つ。
 背中の荷物はいよいよ重くのしかかり、溶けた蜂蜜がリュックの底を濡らしている。甘い匂いを嗅ぎつけた蟻がぼくのズボンの中を駆け上る足音がする。チケットを半券にするために引きちぎる点線のように。
 沿道の工員たちは手に手に日の丸を握りしめている。何も持たないぼくは、拍手と曖昧な手振りだけで無数の部品を見送った。ラインのかなたに遠ざかる部品を。 

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手紙

 玄関に髪の毛が垂れ下がり、そのすきまから目が覗いている。ここは誰も来たがらない家だ。ドアをあけっぱなしで外出しても泥棒が入ることもない。 友人を招んでもその日は用事があると断るし、しつこく誘うと音信普通になる。玄関に垂れ下がっている髪の毛と、そこから覗いている血走った目がいやでみん な敬遠するのだ。
 でもそれは私と家に対して失礼な言い草である。と、誰もが思っているからはっきり理由を口にしない。あいまい に笑ってごまかしながら、とにかくうちに来なくて済むよう知恵を絞っている。最近私はパーティーがしたくてたまらず、ごちそうの山にかこまれて何年も待ち ぼうけを食わされながらつぎつぎと腐っていく料理を作り直し、髪の毛越しに外の世界に向かって鼻歌を流している。鼻歌はその都度作曲され、二度と同じメロ ディーが流れることはない。すべての曲目は頭の中でなく家の空気に保存されている。私の家は鼻歌の倉庫と化しているのだ。

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海の使者

 首を取替え式にしたばかりの校長が、朝礼台で朝陽を浴びている。生徒は夏休みからこちら誰も帰ってこないので、がらんとした校庭でさえずるのはスズメだ け。ほかは何もない。背後に建つ校舎の窓という窓はカーテンが閉まり、校長の背中を映している。背中には洞窟のように穴があき向こう側の景色がそこから覗 いている。だれもいない校庭に点々と残る足あと。足あとは砂場をよこぎり裏の畑から来ている。畑のむこうは砂浜で、波に洗われるあたりで足あとは消えてい る。どうりでこの校長、海の匂いがするものだと私は納得する。そっと手をのばしてねじをゆるめると、首がぽろりと落ちる。マグロの頭とすげ替えてみる。校 長は今にも泳ぎ出しそうな身振りを示したが、ここが海中でないことに気づいたのかすぐに大人しくなる。講話を始める気配はない。生徒がもどるまで待つつも りなのか。それとも自分が校長であることさえ忘れ、いい陽気にすっかり眠たくなっているのだろうか。私は学校なんて信じない。校長の長話も。チャイムの懐 かしさも。けれど私はかつて生徒のひとりであり、あの校庭には永遠に戻らないひとりであることをおぼえている。私は校長の首を切りたての西瓜にすげ替え る。夏の香りがあたりにひろがる。すべては遠い過去だ。もう何も残ってはいない。

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潜水夫

 私には手の届かないものが、お前のふところに転がり込む。目を丸くして、大声をあげて、大げさな身振りでお前はそれを見せにくるだろう。きいちごのジャ ムで汚れた皿にひとすじの髪の毛。壁に掛けられた潜水服を、私はそこにいる誰かのように眺める。あいにくなことにアパートの窓に明かりはなく、がっかりし たお前は階段をぶざまに肩から転げ落ちていく。すべてが理想の結婚に向けて敷かれたレールであるような、踏切を待つ奇妙な動物たちのなす列が横目に見られ る日々のうちに、人々は人と々に切り分けられてたましいの少ない顔を上げる。私は表面が泡だらけの手紙をお前からうけとって眺める。そこには戦争という言 葉が定義をかえて無数にくりかえされているが、私はそこにあるどの戦争へも行ったことがない。ということを返事でなく、無関係な何者かへの手紙に書いて投 函した初夏の夕。お前が屋根のうえでたてる足音を、句読点のタイミングにさえ採用しなかったのは私だろうか。

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クイズマスター復活

 解答者席にならんだ顔はどれも青白く生気がなかった。今週の第一問目が読み上げられても、誰ひとりボタンを押さないどころか身じろぎすらしないので、初老の司会者はとまどいと苛立ちの混じった目でスタッフに何かを訴えかけている。
  四人の解答者は全員があきらかに死んでいた。それも収録中に急死したのではなく、すでに死亡している人間が解答者としてスタジオに運ばれてきたのだ。おか げで独特の臭気が辺りにただよい、観覧席の老若男女(はプロダクションが用意したエキストラなのでむやみに騒ぎ立てたりしないのだが)も不快感をかくすの に必死の笑顔をつくろっている。あるいは何の臭いか分からず意外と何も気にしてないのかもしれない。
 三問目にいたっても誰ひと り解答する意志を見せないので、司会者は憮然とした表情でしだいに投げやりな進行を始めた。十年以上つづいている番組で初めてのケースである。ナレーショ ンの女声も合成された声のように無機質になり、画面に解答者の顔が映ると額や口にそれぞれ蝿がたかっている。私はビールの缶を握りつぶして台所へ立った。 週末のささやかな楽しみだった人気クイズ番組が、招かれざる者たちの登場により台無しにされたことを私は苦々しく思った。テレビに出演していることの興奮 が感じられない無名人の顔など見たくはないのだ。それなら芸能人や有名スポーツ選手で充分ではないか。あたらしい缶のふたをあけながら戻ると番組はなぜか 中断しており、死んでいたはずの解答者たちが席から立ち上がって司会者やスタッフに襲いかかっていた。まるでそういう映画の撮影が抜き打ちで開始されたか のように。
 初老の司会者が耳や喉を齧りとられ、荷物のように床にくずれおちたがその声だけは朗々とテレビから流れてくる。死人の仲間入りを果たした司会者の声は死後の世界の素晴らしさを声高に訴えかけていた。
 死亡してしまえば生前の番組の進行など一切どうでもいいのだろう。無責任な話ではあるが。

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ボール

 新宿行きのブランコが人身事故で朝から止まっている。家の中では肌寒いくらいだが、庭に出ると日なたは袖をまくって丁度いい暖かさなので私は、玄関の鍵 をかけ忘れたまま散歩に出かけた。公園に行きたいと思ったのだ。坂の途中にある公園は坂道と同じ角度に傾いていて、子供たちの見失ったボールがベンチに腰 掛ける私のつま先に当たって止まる。子供の声がする階段から先は死角になっており、有刺鉄線が立ち入りを禁じる区域で声はたがいのあだ名を呼び合う。まる で命がけの旅でとる点呼のように。立ち上がると、出口へつづく道をボールはふたたび転がっていき、木の葉でまだらな影のなかを私はボールにはるか遅れて歩 き出した。坂をくだりきると息が荒れていた。ブランコに身を投げた女が布に覆われた担架が、経堂と豪徳寺を結ぶ直線上からようやく運び去られたのが昼前。 さらに遅れて私は、昼休みの工員たちが食堂を出てきたうしろ姿に追い抜かれ、いちばん最後に帰宅すると、乱雑にならぶ見慣れぬ靴をまたぎ越して廊下に立 つ。煙草くさい笑い声のする居間のガラス戸で、花束のような黒い影がゆれ動くのを凝視する。

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きみとなら穴でつながる俺なのさ

「時給は一万円です。あまりに少なすぎますかね?」
 採用担当者が不安そうに眉をひそめて私の目を覗きこもうとした。
「本 来なら二万円は貰いたいところだが…」私は咳払いをひとつ挟んでから話を続けた。相手の目は見ないのだ。相手か私のどちらかの気が狂っていた場合、狂って いない方の目に狂いが水のように流れることもあるからだ。「無理は言いたくないんでね。そちらさんの事情もあるでしょうから、私は構いませんよ」
 担当者の顔がお湯で戻されて緩んだ笑顔になるのを私はじっと窓に映して観察した。
 翌日。私は代々木公園の日なたにあるベンチに腰掛けて居眠りの中にいる。
  目を覚ますと、たった今まで見ていた夢の内容をさっそくノートにメモを取る。これが今日一日の私に与えられた任務である。メモを終えると次の公園(日比谷 公園)に移動してまたベンチに腰掛ける。移動には直通道路が敷かれており、そのために街には昨日まではなかったはずの穴があいていることを私しか知らな い。迷い込んだ人が行方不明になるのも私の責任なのだ。

(首から上が犬の巫女さんたちが横断歩道を渡って いる。ふつうに日本語で会話してる。だが声は犬の声だ。横断歩道はとても長いので途中に休憩用の布団が敷いてある。巫女さんの一人が布団に入る。ほかの者 たちはおしゃべりしながら先へ進んでいく。布団から犬の顔だけが飛び出ている。そろそろ信号が変るのでは? そう心配になって布団をじろじろ見ていると、 犬が目をあけてワン、と吠えられた。私は恐ろしくなって駆け出す。はるか遠くで点滅する歩行者用信号が見える。間にあわない。私はなぜか地面にひきずるほ ど長い髪をしていた。はげしいクラクションに晒されて棒立ちになった私の髪が、わき腹をこするように走り抜けたバスの車輪にからみつく。ひきずられる!  覚悟して目をつぶると、バスの走る速度と同じスピードで髪が伸びている。横断歩道に突っ立っている私。床屋を探さなくてはなるまい。)

 昼休みのサラリーマンに占領されてベンチがないとき、私は近所を散歩して時間を潰す。
  これからビルの屋上にのぼり、柵を越えることしか頭にない人の歩き方はすぐにわかる。私はそんな人の後をつけた。首にプレートをさげた人々を玄関から吐き 出したり吸い込んだりしているビルの中へ、男は歩いていった。私は中に入らず、建物の前の歩道に立っている。通行人たちが屋上の不審な人影に気づき、人だ かりができはじめるずっと前から私はそこに立っていた。街路樹に背中をもたせ、逆光で表情の分からない屋上の小さな人影を見上げる。
  そろそろ昼休みの終る時刻だ。だが退屈な日常を揺るがす珍事に気を取られ、労働者たちは仕事へ戻る気配がない。ますます膨れ上がっていく人垣をかき分け、 私は突然狭い路地に入り込んでいった。人目につかない場所で私は鉛色の吐瀉物を地面にまき散らした。くずれ落ちた膝にそれがズボンの中まで滲みていくのを さんざんな気分で、空にせり上がる朝日のように認識してゆく。朝日を浴びた私の巨大な横顔が仏像のように、この世界のどこかに聳え立っている。その場所に たどり着ける通路はどこにもない。

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多幸感はたそがれの色

 そんなに悪い感じの事故じゃなかった。わたしは真っ赤な夕焼けが真っ黒になるところを、帽子のふちの下からこわごわ見てた。でもそんなにひどい 「真っ黒」じゃないと思った。これなら頭の悪い男にビール瓶でぶたれた時よりずっとまし。あのときはすごく血が出たし、気がついたら包帯に瞼まで埋まって たんだから。今日のはちがうでしょ? そう思いながら私のすべては真っ黒にのみこまれつつあった。けっこう黒い。ちょっと待って! これはなんかちょっと 「暗黒」だけど。狭い、ねえ車からおろしてくれない? だれかいないの? だれもいない。少し寒くもある。そして私は、あっというまに暗くなった。

 気がついたのではなく、はじまったのだ。わたしはさっきまで着てた枕カバーみたいな服を着てないことは、べつに驚かなかったけど、つまさきが、ずいぶん遠くにあると思った。「つまさきが、ずいぶん遠くにある」という考えが8の字をえがいて、私はそれをぐるぐる回った。
 つまさきがぴくぴくと痙攣して、それからひざを立てて立ち上がろうとしてる。私は手のひらをベッド(に寝てるのだと思った)に突いて立ち上がる動作に加わろうとした。
「ちがうよ。あんたじゃない」
  という声が頭上から降ったので、見ると白いひげをたくわえた口元がそう言ったのだ。目を離してたすきにつまさきは立ち上がってしまい、私は寝そべったま ま。白いひげの隣りに黒髪の女が無表情に並んだ。それで気づいたのは、サンタクロースみたいな男が満面の笑みだったこと。でも不自然な笑顔だ。サンタク ロースがそうであるように。
「クリスマスには間に合わなかったがね。どうだいそいつの着心地は?」
 ど ういう意味? と私は眉間にしわをよせた。身を起こそうと手のひらにあらためて、ベッドの感触をおぼえる。「どういう意味?」と声が出て、その声の中で私 はぐるぐる同じことを考える。どういう意味? 勢いをつけて持ち上がった上半身は、私のものじゃなく、目の前にはだれかのふるえの止まらない背中があっ た。どういう意味?
 待って。どこへ行くの。

 玉突き事故、の玉でいうとちょう ど真ん中くらい。いちばんみごとに潰れた車の中身もまた、いちばんよく潰れている。もちろんよ。夕焼けが、墨の中に沈んでいく巨人の背中のようだ。それは とても奇抜な連想だった。なにか余裕を感じるっていうか。あるいは、ダメになっちゃってるっていうか。こわれたスピーカーからもれてくる音みたいに。
  指紋って、よく見ると渦になってるのと、そうじゃないのとあるでしょう。さっき気づいたの。よく見るの初めてだから。ほかに何も見るものないから、指紋見 てる。ラジオも鳴ってるわけよ。この人の声きらい。ほかの局に変えて頂戴。でもそれは無理な話だった。ガラスに蜘蛛の巣が、ひろがる、ひろがる。そんなに 悪い事故じゃない。だってまだ夜じゃないし、番組は、いつか終るものだから。もっと最悪なことなら、いくらでも挙げることはできる。だからそんなに悲しい 目をしないで、運転手さん。まるでお留守な窓みたいよ。

 二人目の女がならぶと、入院着のような同じ服のせいで、そう見えるのではない。やっぱり同じ顔なのだ。そしてそれは、私の顔にしては少し表情が足りない。少しじゃない、あまりにも。
  三人目が今、自転車にはじめて乗る子供のように、ぎこちなくベッドを降りて床に立つ。すると私は、紙くずをまるめたみたいに笑顔になった。それを見て真似 して、笑顔を試している二人の女。それは笑顔と呼ぶにはまだ未完成すぎるしろものだった。でもしかたないの。時計がうるさくて眠れない部屋のような、そん な騒ぎが、三人目の私の服の下から漏れてくる。それもまたしかたないの。いやだったら耳をふさげばいい。そうですよねえ? あまりにも簡単な相談ですよね え。
 私は両手で耳をふさぐ方法について、満面の笑みの男に訊ねた。

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