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2007年12月13日

着信

 南さんが出張から帰ってくると、マンション前の道路に花が供えてあった。
 事故かな? 車なんて大して通らないのに。そう思いながらボタンを押してエレベーターが降りてくるのを待った。
 携帯が鳴ったので見ると彼氏からだ。
 今から行ってもいいかというメールだが、ホテルでよく眠れなかった南さんは、とにかく今日は帰ったら速攻で寝ようと決めていた。
 返信したところで八階に着きドアが開いた。
 南さんの部屋は通路の奥にある。途中の蛍光灯が切れかかっていてちらちら点滅していた。
 廊下の突き当たりの壁に小さな花束が立てかけてあるのに気づいた。南さんの玄関の目の前だ。
 まさか。たちまち道路の花束との関連を理解した南さんは、彼氏の訪問を断ったことを後悔した。
 やっぱり来てもらおう。そう思って携帯を取り出すと、南さんが掛ける前に着信音が鳴り出した。
 彼氏からだ。
「今電話しようと思ったのよ」
 するとむっとした声が返ってくる。
「家の電話壊れてるの? ぶちぶち切れちゃって、こっちから掛けてもつながらないし……」
 南さんは何のことか分からなかった。
 鍵を開けて玄関に入りながら詳しい事情を聞いた。
 彼氏によるとメールした直後、南さんの自宅から着信があったという。出るとすぐに切れるを繰り返し、自分から掛け直してもやはり切れてしまうのだという。
 電話はしていない、今帰宅したばかりだと南さんが説明しても「間違いなくお前からだった」と言い張った。
 不機嫌な彼氏をなだめてとにかく部屋には来てもらうことになった。
 部屋の電話はテーブルの上にある。
 あんなことを聞いたばかりだから、電話の近くにいたくなくて窓際に椅子を置くと、テレビの音量を上げて彼氏の到着を待った。
 そのせいで南さんは気づかずにすんだのだ。
「記録が残ってるはずだから見てやる」
 着くなりそう呟いた彼氏が受話器の下にそれを見つけた。
「虫かと思った」
 菊の花びらだ、と南さんにはすぐ分かった。
 ドアの外にあった花だ。

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タオル

 Aさんが以前住んでいた家は、墓地と墓地のあいだに挟まれるように建っていた。
 田舎で庭がかなり広かったし、どちらの境界も常緑樹の枝葉で目隠しされていたから、とくに気になることもなかった。家の前の道は未舗装で、バス通りから畑を抜けて公民館の裏までをつないでいた。畑仕事に行く人以外ほとんど歩く人はない。
 ある年、原因は不明だが墓地とのあいだに生えていた木がすべて枯れてしまったという。
 すっかり見通しがよくなり、Aさんの勉強部屋がある二階の窓から墓の様子がよく見えるようになる。
 蝉の声がはげしく聞こえていた。Aさんは夏休みの宿題がなかなかはかどらず、ぼんやり外を眺めていた。
 気がつくと、となりの墓地に人影がある。草むしりに来ているらしく、首に白いタオルをかけた人が腰をかがめているのが見えた。こちらに背を向けて、体の半分くらいが墓石の陰に隠れている。
 何か変だな、とは思ったが、どう変なのか最初はAさんにもわからなかった。
 腰を折り曲げた男の人、だと思ったそれは、よく見ると墓石の側面から上半身だけがはえているのだった。
 Aさんは悲鳴を上げ、階下にいる母親を呼びながら部屋を飛び出した。
 けれど階段の手前の廊下の窓から、反対側の墓地の全景が目に入るとAさんは意に反してその場に立ち止まってしまう。
 こっちの墓にも人影があったのだ。
 いや人影と呼ぶには足りなすぎる。ひときわ古い墓石の中ほどから、茶色っぽいズボンをはいた両足だけが覗いていた。
 その人の上半身が隠れるだけの空間はどこにもなかった。
 Aさんは今見たばかりのものを必死で母親に伝えた。
「変なこと言う子だねえ」
 眉をひそめながら母親は両方の墓地を見てきてくれたが、誰もいなかったという。
 ただ家の前の道で、このあたりでは見かけない男の人とすれ違ったと言った。
 その人は茶色いズボンをはき首からは白いタオルを下げていて、まるで絵の具で塗ったように顔色が青かったそうだ。

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廊下

 Tはぼんやりした奴だった。
 住んでいたアパートを出ることになり、明け渡しを十日後に控えてもTの引越し先は未定のままだった。バイトが忙しくて忘れてた、などと言い訳しながら、あわてて部屋探しを始めたTはそれでもぎりぎり当日に引越しを間に合わせたようだ。
 なんか変わった部屋でしたよ。Sは微妙な表情でそう言う。そのSに誘われてアパートを訪ねると、まだ解かれていない段ボールの隙間からTが顔を出した。
「先輩、足もとに気をつけて下さい」
 薄暗い床に目をこらすと、奥の部屋に向かう廊下の途中に階段がある。
 階段は三歩下ると平らな床になり、ふたたび三歩上って元の廊下につながっていた。
 私が立ち尽くしているとTは
「俺にも意味わかんないです」と答えた。

 部屋に入るやTは押入れの襖をあけてみせた。
 襖の裏から現れたのは壁で、もう片方の襖をずらしてみせるとそちらも壁がある。
「変わってますよね?」
 つまり襖があるだけで、その向こうに押入れが存在しないのだ。
「でも安かったからしょうがないと思うんですよ」
 そういう問題じゃねえだろ、とSが呆れたようにつぶやいた。
 Tの口から聞いた数字はたしかにこの広さでいえば相場の半額以下だった。
「やばい部屋なんじゃないの?」
「うーん」
 予期に反してTはただ首をかしげている。
「寝ぼけたのかもしれませんけど」自信なさげに彼は戸口を指さした。
「じつは今朝、目がさめるとそこに人が立ってました。こっちは寝てるし、後ろ向きで顔は見えなかったですけど。床が軋んだんですよ、階段を下っていくみたいに」
 廊下の人影は脚の先から少しずつ姿が見えなくなり、最後には頭のてっぺんまで床下に消えてしまった。
「三段しかないのに、全身が隠れるわけないですよね」
 明るくなって我に返ると、部屋の中は日蔭の土のような臭いで充ちていたという。
 やっぱり家賃安すぎると駄目ですねえ。Tはそう言いながら頭をかいた。

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