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幽霊写真

「それがね、きまって深夜の二時頃なのよ」
   白田真弓は、細い煙草を灰皿の上で二度たたいた。崩れた灰が雪のように降る。
「ドアに備え付けの郵便受けが、カタンと鳴るわけよ。私たいてい夜更しだから、テレビ見たり、友達と電話してたりするのね。すると玄関でカタンと音がし て、最初は何の気なしに見にいったの。誰か隣近所の住人が酔っぱらって帰宅したのかなあって。そしたら、封筒が入ってたわけ」

 そう言うと、女はハンドバックから茶封筒を取り出した。どこの文具屋にも売っている一番安い封筒だ。表には何も書かれていない。
「もちろんそんな時間に郵便なんて来ないし、チラシだって入るわけないじゃない。だからこれはヤバイなあって思ったのよ。前にも一度、変な男につきまとわ れてさあ、消印のない手紙が毎日のように届いたことがあったし。またその手の奴かなあってゾッとしたわけ。でも封筒を手に持った感触からして、どうやら写 真なのよ、中身は」
   手入れの行き届いた指先が封筒の口から差し込まれ、一枚の写真が引っぱり出された。

 若い男女数人が、カラオケボックスらしい室内でポーズを取っている。ごくありふれた、ピントの甘いスナップである。
  「これ見て少しほっとしたの。私を盗み撮りした写真でも入ってるんじゃないかって、ヒヤヒヤしたから。でもこんな写真、写ってる顔に全然心当たりないし、不気味でしょう。それでようく見たのよ。目を皿のようにしてっていうの? そしたらほら、ここ見てよ」

 ピンクの爪が写真の一点を指さした。マイクを握って何やら大声を張り上げている様子の男の肩に、女性のものらしい、やけに白い手首が載っかっている。  
   位置から考えると、男の向かって左側に立つ女の左手のようだが、彼女の両手はしっかり自分のマイクを握りしめていた。よく見れば、写真に写っている人間の両手はすべてそろっていて、その左手がひとつだけ余る。  
  「ね、気持ち悪い写真でしょ。こんなの夜中に見せられたもんだから、最悪よ。すぐ友達に電話して来てもらったけど、朝まで眠れなかった。明け方になって少しウトウトしたけど、嫌な夢見てうなされるし。もう最悪」  
   女は写真と封筒をバラバラにハンドバッグにしまうと、新しい煙草に火をつけた。
   ウェイトレスが近づいてきて、灰皿を交換していく。
「それがもう三ヶ月くらい前かな。その後一週間くらいは何もなくて、まあ悪質なイタズラだと思ってたのよ。不特定多数と顔合わせる仕事だし、犯人はつきと めようもないかなあって、あきらめて忘れてたの。そしたらある晩、ベッドの中で眠りかけてたら、カタンって音が聞こえたわけ。ハッとして布団を飛び出た の。案の定、郵便受けには封筒が入ってた。すぐ覗き穴から外を見たけど、もちろん誰もいないわよ。ドアを開ける勇気はなかったの。だってすぐ横の死角に潜 んでるかもしれないし。封筒を取り出して、すぐ友達に電話したわよ。眠ってたらしくて機嫌悪かったけどそんなこと構ってらんないから」  彼女は大きく煙を吐いた。不健康そうな唇がしばらくポカンと開いたまま、女は何かを思い出そうとしているようだった。白目がちな両目が宙をさまよってい る。
「そうそう、それで一人で写真を見る勇気がなくて、友達を待って一緒に封を開けたの。そしたら今度は、海辺にカップルが並んで写ってる記念写真なのよ。ど うってことないような写真ね。前の写真と比べてみたけど、写ってる人は別人だった。だけどしばらくジロジロ眺めてるうちに、友達が背景の一カ所を指さした の。それは遠くの岬が黒い影になってる部分なんだけど、写真を横にして見ると、お婆さんが目をむいて睨んでる顔なのよ」

 ふたたびハンドバッグの口が開かれた。写真屋でもらうような小さなアルバムが、二冊取り出された。表紙に「幽霊写真」とある。
「これがその時の写真。ほらね、こうして見ると白髪のお婆さんに見えるでしょう。こんな写真持ってたら何かありそうで嫌じゃない。だから普段は男友達に預 けてあるんだけどね。全部でたぶん、四十枚以上あるわ。あれから一週間に二、三回、多いときは何日も続けて、郵便受けに封筒が放り込まれるの。それが不思 議と、友達が泊まっている時には来ないのよ。あんまり怖くて、一週間一緒に暮らしてもらったことがあるんだけど、そのあいだは一度も来なくて、帰ったとた ん来たわ。絶対どこかで私の生活を覗いてるはずよ。

  うちのマンション、セキュリティがいい加減だし、誰でも通路までは入って来れちゃうのよね。だから夜遅く帰宅するときなんか、不審な人影がないかってよく 見渡してから入るんだけど、一度もそれらしい人は見かけたことない。郵便受けはマンションの入口にまとまってあるんだけど、そっちに入ってたことはなく て、必ず玄関のドアに入れてあるのね。しかも名前も何も書いてない封筒で、ただ心霊写真が一枚入っているのよ。どういう意味なんだか、さっぱりわからない でしょ」
   二冊のアルバムには、じつに雑多な人物の写真が収まっていた。背景にも脈絡はない。ある写真は有名な観光地らしく、別な写真は中流家庭の一家団欒といった風情だ。被写体もとくに共通したところはない。顔も似ていないし、年齢や外見の印象はバラバラである。  
 ただ、どの写真にも必ず奇妙なものが写っていた。子供の誕生パーティーに盛り上がる核家族の茶の間には、煙のような老人の上半身が浮かんでいるし、古い 神社の境内に仲良く並ぶ老夫婦の頭上には、髑髏がうつろに二人を見下ろしていた。また、公園の滑り台から笑顔をふりまく少女の肩口には、もうひとつの別な 首が生えていて、そこにはドス黒い男の顔が貼り付いている。
「……友達は引っ越したほうがいいって言うんだけど、あのあたりで家賃八万切る部屋なんて滅多に探せないしね、もったいないから迷ってるのよ。でもこんな 写真わざわざ届けに来るような人、何するかわからないじゃない。ガムテープで郵便受けをふさいでも、カッターで切られちゃうし、男友達に外で見張っても らっても、そういう日に限って来ないし。ずっと寝不足なのよ。毎晩二時頃になると、そろそろ来るんじゃないかって、ドアのそばで待っているあいだは来ない のに、部屋に戻って寝ようかと思うとカタンて鳴るのよ。
 封筒を開けるといつも違う人の写真が入ってて、知らない人で、ありきたりなスナップなのに、手首が宙に浮かんでいたり、生きているとは思えない顔が余分 に写っていたり、とにかく全部が変な写真なのよ。なんだか頭がおかしくなりそうだった。陰湿でまともじゃないイヤガラセだと思った。でも最近考えが変わっ たの。これを見てちょうだい」  女は上着のポケットから一枚の写真を取り出した。そこには女--白田真弓本人が写っている。背景にはあざやかな緑の稜線。透き通る青空。白い雲。そし て……。
「これ、最近つきあいはじめた男に撮ってもらったんだけど、私の後ろに誰かいるみたいでしょ。小学生くらいの女の子がちょうど通りかかったみたいに、ここ から手が出てるし、こっちからは足が覗いてる。おかっぱの髪がちらっと見えるでしょ。でもそんなはずはないのよ、私の後ろは断崖だったんだから」
   それだけじゃないの、と言って女はもう一枚をテーブルの上に並べた。同じ景色を背景にして、今度は男が立っている。
「これがその彼なんだけど、シャツの胸ポケットに赤ん坊の顔が浮かんでるでしょう。ようするに、私が被写体になった写真にも、私が撮影した写真にも、変な ことが起きるようになっちゃったの。これだけじゃないわ。ほかにも彼と撮った写真とか、友達と撮った写真でも、私が関わる写真にはいつでも変なものが写る ようになったの。あいかわらず夜中に封筒は届くのよ。だけどそれは誰かのイタズラだとしても、私の写真に同じようなものが写ることは説明できないわ。これ は何かもっと、とんでもないことに違いない。でもそれが何なのかちっともわからないの。……なんだか疑ってる顔ね。それじゃあ試しに、あなたの写真も撮っ てあげるわ」
   いつのまにか女は使い捨てカメラを手にしていた。薄暗い店内にフラッシュが光った。

「写真、あとで送ってあげるね。血まみれの女の子が写ってても腰抜かさないでよ」
   そう言うと女はすべてを話した安堵からか、晴れやかな笑顔になってほっと息をはいた。
   四日後、白田真弓から封書が届いていた。中には一枚の写真と、話を聞いてくれてありがとうという感謝の言葉が添えられてあった。写真には見覚えのある喫茶店の内装と、ぎこちない笑顔の若い男が写っている。    もちろん、ほかに妙なものなど何も写ってはいない。さらに言えば、彼女が恋人と撮り合ったという二枚の写真にも、おかしなものは何ひとつ写ってはいなかった。写るはずなどないのだ。  
   壁の時計を見ると、午前一時を少し回っていた。今からバイクを飛ばせば、二時前には○○公園に着くはずだ。住宅街の公園だから、こんな時間には人っ子一人いない。駐車場がわりにはちょうどいい。  
   そこから白田真弓の住むマンションまでは、歩いて五分とかからない。
   だが今夜は出かけるのはよそう。今日に限らず、これからは深夜の外出は慎もうと思った。
   届いた写真をもう一度手に取って眺めた。写真の中で、伏し目がちに力無く笑う顔は、下半分が暗く影になっている。たしかあのとき、彼女はフラッシュを焚いたはずである。

 ふと思いつきで、写真を逆さまにしてみた。
   影の部分が、ざんばら髪の生首のかたちをしていた。
   目の錯覚には違いない。

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