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死面疽

  写真にうつっている顔はふたつあった。ひとつはよく知った自分の顔。もうひとつは自分とよく似た別の顔。背景が暗いのでその白い顔は鮮明に浮かび上がって 見えた。首のあたりに貼り付くように、本当の顔と較べてかなり小さいが、目鼻も同じように小さいのでつくりのバランスは本物と変わらない。ただし「表情」 はどう見ても異常で、生きた人間のものではなかった。

 これを医師の知人に送ったところ折り返し電話で死面疽と診断された。人面疽といえば人の顔に見える腫れ物だが、ここにいう死面疽とは自分の死顔が腫瘍と なって皮膚に現れたものである。これに罹った患者は徐々に衰弱してとうとう腫れ物と同じ顔にやせ衰えて死ぬ、と云われている。だが古い文献に名前が残って いるだけで少なくとも近代以降の医学史にこの病が登場したことはない。載っていた文献の名も忘れてしまったので、本当にあった言葉かどうかも心許ない。つ まり我々はこれを病気とは認めない。知人はそう語っていた。

 いずれにせよ私の首に気味の悪い顔が貼り付いたことに変りはない。死病であろうとなかろうと、この忌まわしい腫れ物は私の人生に暗い影として取り憑いた。

 くだんの写真の現像を頼んだ馴染みの写真店主は、私のかわりに妻が受け取りに来たことを戸惑いながら、「二重露光だと思うんですがね……」と云って写真 とフィルムを見比べたという。妻からそんな話を聞かされながら、私は首に巻いた包帯の下でひそかな笑い声のような音が漏れるのを感じていた。しかしそのこ とはまだ妻にも云っていない。

 欠勤を続ける私を心配して、あるいは滞りがちな仕事を憂慮してだろうか、上司から電話があった。
「どうだ、調子はまだ悪いのか」
 聞き慣れたざらざらした声が受話器に響く。
「じきに死ぬよ」
 私は唇が冷たくなるのを感じた。答えたのは私ではなかった。
「どうしたんだおい、気は確かなのか」動転したような声を遠くに聞きながら、私はいつのまにか電話を離れて、ベッドに潜り込んでいた。

 妻は私といるのが気詰まりらしく、何かと用事を見つけて家をあける。
 一週間は取り替えていない包帯がいやな匂いをたてはじめた。
 私は最近ひどく無口だ。喋ろうとすれば、かわりに別の口が喋り出すかもしれない。そう思うと口をきく気にはなれない。あの声を二度と聞きたくはなかった。
「馬鹿なこと考えるな、ただの腫れ物だよ」
 電話の知人は笑うだけだった。
「じきに死ぬよ」
 と腫れ物が答えていた。

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