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ボール

 新宿行きのブランコが人身事故で朝から止まっている。家の中では肌寒いくらいだが、庭に出ると日なたは袖をまくって丁度いい暖かさなので私は、玄関の鍵 をかけ忘れたまま散歩に出かけた。公園に行きたいと思ったのだ。坂の途中にある公園は坂道と同じ角度に傾いていて、子供たちの見失ったボールがベンチに腰 掛ける私のつま先に当たって止まる。子供の声がする階段から先は死角になっており、有刺鉄線が立ち入りを禁じる区域で声はたがいのあだ名を呼び合う。まる で命がけの旅でとる点呼のように。立ち上がると、出口へつづく道をボールはふたたび転がっていき、木の葉でまだらな影のなかを私はボールにはるか遅れて歩 き出した。坂をくだりきると息が荒れていた。ブランコに身を投げた女が布に覆われた担架が、経堂と豪徳寺を結ぶ直線上からようやく運び去られたのが昼前。 さらに遅れて私は、昼休みの工員たちが食堂を出てきたうしろ姿に追い抜かれ、いちばん最後に帰宅すると、乱雑にならぶ見慣れぬ靴をまたぎ越して廊下に立 つ。煙草くさい笑い声のする居間のガラス戸で、花束のような黒い影がゆれ動くのを凝視する。

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