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不適切な映像

 腋毛をはやしていて美大生で裸のモデルもやります。みたいな顔で待ち合わせの場所に立っていた女に早口で挨拶すると私は刷り立ての名刺を一枚渡した。

「すっごい文字ですねこれは。鏡文字にしか見えないです」

 女はさっき私が電車の中で思いついたばかりの名前が印字された名刺を、財布の中にしまうまでに何度も顔を近づけて読み返していた。

「想像医療ネゴシエーターってなんですか」

  視力が悪いらしく女は何かを見るとき眉をしかめ、対象に近づけた目を細めている。日の暮れたばかりの空が稲光で音もなく発光するのがビルとビルのあいだの 空間に見える。女が肩を出した服から真っ白い肌に目立つほくろとうぶ毛が、路地を照らす店の明かりではっきり見えたり影になったりしている。私は私に与え られた肩書きを知らなかった。

「このあたりよく来るんですよ。そんな空き家ありましたっけ。じゃなくて廃屋?目立たないところなのかな」

 そう。ぼくが誰かを連れて行くところはきまっていつも人目につかないところだから。

「もしかして地下なんですか。地下室。きっとそうですね?」

 そのとおり。ぼくはきっと案内する彼女を階段を最後までくだりきった突き当たりの不適切なドアの裏まで。

 フィルムの入ってないカメラで無防備な後頭部を思い切り殴りつけるとき、女の子は誰でもうさぎの鳴くような声をしぼり出すことを君はもうじき知ることができるだろう。

 上映会場への階段は今大工がつくっている。手ごろな建物の壁にまず穴をあけて。

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