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廊下

 Tはぼんやりした奴だった。
 住んでいたアパートを出ることになり、明け渡しを十日後に控えてもTの引越し先は未定のままだった。バイトが忙しくて忘れてた、などと言い訳しながら、あわてて部屋探しを始めたTはそれでもぎりぎり当日に引越しを間に合わせたようだ。
 なんか変わった部屋でしたよ。Sは微妙な表情でそう言う。そのSに誘われてアパートを訪ねると、まだ解かれていない段ボールの隙間からTが顔を出した。
「先輩、足もとに気をつけて下さい」
 薄暗い床に目をこらすと、奥の部屋に向かう廊下の途中に階段がある。
 階段は三歩下ると平らな床になり、ふたたび三歩上って元の廊下につながっていた。
 私が立ち尽くしているとTは
「俺にも意味わかんないです」と答えた。

 部屋に入るやTは押入れの襖をあけてみせた。
 襖の裏から現れたのは壁で、もう片方の襖をずらしてみせるとそちらも壁がある。
「変わってますよね?」
 つまり襖があるだけで、その向こうに押入れが存在しないのだ。
「でも安かったからしょうがないと思うんですよ」
 そういう問題じゃねえだろ、とSが呆れたようにつぶやいた。
 Tの口から聞いた数字はたしかにこの広さでいえば相場の半額以下だった。
「やばい部屋なんじゃないの?」
「うーん」
 予期に反してTはただ首をかしげている。
「寝ぼけたのかもしれませんけど」自信なさげに彼は戸口を指さした。
「じつは今朝、目がさめるとそこに人が立ってました。こっちは寝てるし、後ろ向きで顔は見えなかったですけど。床が軋んだんですよ、階段を下っていくみたいに」
 廊下の人影は脚の先から少しずつ姿が見えなくなり、最後には頭のてっぺんまで床下に消えてしまった。
「三段しかないのに、全身が隠れるわけないですよね」
 明るくなって我に返ると、部屋の中は日蔭の土のような臭いで充ちていたという。
 やっぱり家賃安すぎると駄目ですねえ。Tはそう言いながら頭をかいた。

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