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ママは旅行好き

 太陽の裏側にまわると小さな巣穴が無数にあいてそこから刑事が出入りしていた。

 刑事の鼻はどれも太陽から垂れた白い糸に繋がれていて、遠ざかるほど鼻の穴からずるずると糸は伸びていく。まるで彼ら自身が太陽という巨大な凧の糸巻きになったように。

「あれは全部本物なの? ママ。見学者向けのショウじゃなくて?」

 幼い頃の私が母親らしい緑色の液体にむかって問いかけている。

「ど うしてそんな疑問を持つのかしらねこの子は。まさか将来変てこな主義にかぶれる手合いになるんじゃ」そしてごくっと唾を飲み込んだ。「…ないかしら。だと したら早くも私はこの子を生んだことを後悔し始めているみたい。私もまた地獄とこの世界を隔てる一枚の無用心なドアにすぎなかったのかもしれない」

 緑色の液体がじわじわ蒸発して船内に緑色の空気をひろげていった。広間に雑魚寝している貧乏そうな身なりの人々が寝息でそれを吸い込んでいる。

 私は酸っぱい味のおいしくないキャンディーが口の中で溶け切ってしまうのを感じた。


 太陽が豆粒の大きさになるまで母親の愚痴は続く。その頃にはすべての人々の寝言が母親の声に変っている。

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